東京地方裁判所 平成2年(ワ)6040号 判決 1992年2月17日
甲事件原告
甲野俊雄
同
甲野愛子
右両名訴訟代理人弁護士
二宮忠
同
二宮充子
甲事件被告・乙事件原告
乙川幸雄
右訴訟代理人弁護士
児玉稔明
甲事件被告・乙事件被告
丙沢信用金庫
右代表者代表理事
大前孝治
甲事件被告・乙事件被告
丁海俊幸
右両名訴訟代理人弁護士
北原雄二
主文
一 甲事件被告・乙事件原告乙川幸雄は、甲事件原告甲野俊雄に対し金八七七万五〇〇円及び同甲野愛子に対し金二六六万三五〇〇円並びに右各金員に対する昭和六三年一二月二九日から支払済まで年五分の割合の金員を支払え。
二 甲事件原告らの甲事件被告・乙事件原告乙川幸雄に対するその余の各請求並びに甲事件被告・乙事件被告丙沢信用金庫及び同丁海俊幸に対する各請求をいずれも棄却する。
三 甲事件被告・乙事件原告乙川幸雄の各請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その一を甲事件原告らの各負担とし、その余は甲事件被告・乙事件原告乙川幸雄の負担とする。
五 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(甲事件)
甲事件被告乙川幸雄(乙事件原告、以下、「被告乙川」という。)、同丙沢信用金庫(乙事件被告、以下、「被告丙沢信金」という。)及び同丁海俊幸(乙事件被告、以下「被告丁海」という。)は、各自、原告甲野俊雄(原告俊雄)に対し金一七五〇万三四三二円及び同甲野愛子(原告愛子)に対し金九二九万七一五九円並びに右各金員に対する昭和六三年一二月二九日から支払済まで年五分の割合の金員を支払え。
(乙事件)
被告丙沢信金及び同丁海は、各自、被告乙川に対し、金三五一六万二六六〇円及びこれに対する昭和六三年一二月三〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、昭和六三年一二月二九日、被告乙川方の印刷所から発生した火災(本件火災)によって生じた損害について、類焼した建物の所有者である原告俊雄及び同愛子(原告甲野ら)が被告乙川並びに被告丁海及び同丙沢信金に対し不法行為により(甲事件)、また、被告乙川が被告丁海及び同丙沢信金に対し債務不履行若しくは不法行為により(乙事件)、損害の賠償を求めた事案である。
一当事者
1 原告甲野らは、別紙物件目録(一)の建物(原告ら建物)につき、それぞれ、原告俊雄が一〇分の九、原告愛子が一〇分の一の割合の共有持分権を有している。(<書証番号略>)。
2 被告乙川は、原告ら建物に隣接する別紙物件目録(二)の建物(本件建物)において印刷業を営んでいた(当事者間に争いがない)。
3 被告丁海は、被告丙沢信金の営業担当従業員であった(当事者間に争いがない。)。
被告丙沢信金と被告乙川との間では、被告丙沢信金の従業員が被告乙川方へ赴いて集金、預金の払戻等をする取引を行っていた(<書証番号略>被告乙川平成三年六月三日三〇、三一頁、被告丁海一ないし三頁)。
二本件火災の発生
1 被告乙川は、昭和六三年一二月二九日、本件建物内の印刷作業所において、暖房のために石油ストーブ(ストーブ)を灯火して作業をしており、被告丁海は、そのころ、本件建物を訪れた(当事者間に争いがない。)。被告乙川は、右作業の際、右ストーブから約七五センチメートル離れた場所に、ガソリンを入れた一升瓶(本件瓶)を置いていた(<書証番号略>、被告乙川平成三年六月三日七二頁)。
2 被告丁海は、被告乙川が被告丙沢信金に対し預金の払戻金を持参するよう求めたため、払戻金を持参して被告乙川方を訪れた(被告乙川平成三年六月三日二八ないし三〇頁、被告丁海四ないし七頁、なお、乙事件当事者間には争いがない。)。
3 その際、本件瓶が倒れて破損し、流れ出したガソリンにストーブの火が引火して本件火災が発生した(当事者間に争いがない。)。
4 本件火災により、本件建物は焼失し、原告ら建物も類焼した(当事者間に争いがない。)。
三争点
1 本件火災の発生原因及びその責任
(一) 原告甲野らの主張
本件火災は、被告乙川が本件瓶を床上に置いていたため、被告丁海がこれを蹴飛ばして倒したのが原因である。
(被告乙川の責任)
被告乙川は、燃焼中のストーブから約七〇センチメートルしか離れていないところに高度の揮発性及び引火性を有するガソリンを置いていたものであり、わずかな注意を払えば火災を招く危険を予知し、これを防ぐ措置を取ることが容易であったのに、右注意を怠った重大な過失がある。
(被告丁海の責任)
被告丁海は、ストーブが燃えているのであるから、その付近にどのような物体が置いてあるかを注意すべきであり、わずかな注意を払えば物体の所在に気付いたのに、右注意を怠った重大な過失がある。
(被告丙沢信金の責任)
被告丙沢信金は、被告丁海の使用者として、被告丁海の不法行為につき責任を負う。
(二) 被告乙川の主張
(原告甲野らに対し)
本件火災は、被告丁海が本件瓶を蹴飛ばして倒したために生じたものであって、被告乙川には責任はない。
(被告丙沢信金の債務不履行責任(主位的主張))
被告丙沢信金は、被告乙川に対し、預金の払戻を安全に行う義務があるにもかかわらず、その履行補助者である被告丁海は、本件瓶を蹴飛ばして破損させ、本件火災を起こしたものであるから、被告丙沢信金は債務不履行責任を負う。
(被告丁海の不法行為責任及び被告丙沢信金の使用者責任(予備的主張))
被告丁海は、ストーブ及び本件瓶の所在を知りながら不注意により本件瓶を蹴飛ばし、かつ、直ちにストーブを消火することができたにもかかわらずこれを怠り、よって本件建物を焼失させたものであり、わずかな注意を払えば右結果を予見することができたにもかかわらずこれを怠った重大な過失がある。
被告丙沢信金は、被告丁海の右不法行為につき、使用者責任を負う。
(三) 被告丙沢信金及び被告丁海の主張
被告丁海は、本件瓶を倒していない。本件瓶を倒したのは、被告乙川であり、また、本件火災のそもそもの原因は、被告乙川が、燃えているストーブの近くの床上にガソリン入りの本件瓶を栓をすることもなく放置していたことにあるから、被告丁海及び被告丙沢信金には責任はない。
2 損害
(一) 原告甲野らの主張―甲事件
(原告甲野ら両名について)
(1) 共有動産(別紙動産目録(一)) 各三〇〇万一二五〇円
(2) 得べかりし利益
原告甲野らは、東京都の用地買収により、原告ら建物(延べ床面積139.12平方メートル)に対する立退補償金として二一〇七万八七八七円(一坪あたり五〇万円)を得るはずであったが、本件火災による類焼後改修した建物(延べ床面積79.33メートル)に対する補償金は一二〇一万九六九六円となり、右差額に相当する九〇五万九〇九一円は原告甲野らの得べかりし利益である。
原告俊雄につき八一五万三一八二円
原告愛子につき九〇万五九〇九円
(3) 慰謝料 各二五〇万円
(4) 弁護士費用 各一五〇万円
(原告俊雄について)
(1) 原告俊雄固有動産(別紙動産目録(二)) 二〇六万九〇〇〇円
(2) ホテル等宿泊代金 二八万円
(原告愛子について)
原告愛子固有動産(別紙動産目録(三))一三九万円
(二) 被告乙川の主張―乙事件
(1) 動産 三三六七万一〇〇〇円
(2) 本件建物及び建物解体工事費用九〇〇万円
(3) 火傷の治療費及び交通費等 二万四六六〇円
(4) 飼い犬の治療費 七〇〇〇円
(5) 宿泊費用及び犬の預り料 六六万円
(6) 休業損害 六八〇万円
(7) 慰謝料 三〇〇万円
(8) 弁護士費用 三〇〇万円
第三争点に対する判断
一本件火災の原因
1 第二の一、二の事実及び証拠(<書証番号略>、被告乙川、被告丁海)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告乙川は、本件建物一階作業所において印刷作業をするに当たり、印刷活字やオフセット機械の洗浄のため、ほぼ毎日、ガソリンを使用していた。このガソリンは、一升瓶に入れて作業所南側中央にある大型の凸版印刷機西側付近に置かれていたが、被告乙川は、仕事を始めるときに一升瓶を右位置から移動させ、作業中はこれを作業所中央北寄りのスチール製の作業机(スチール机)東側付近の床上に置き、一日の仕事の終了後、再び前記大型印刷機西側付近に戻していた。そして、被告乙川は、右一升瓶の栓として、酒瓶の蓋又は紙を丸めて作った栓を使用しており、ガソリンを使用する作業の終了後には栓をしていた。
石油ストーブは、作業所東側中央に置かれ、西側のスチール机の方向に向けられており、被告乙川は、これを冬季に暖房として使用する以外にも、夏季に凸版を外す作業をする際に使用していた。
また、被告乙川は、作業所では右のようにガソリンを使用するため、火気を避けるべく、作業所内を禁煙にしていた。
(二) 被告丁海は、昭和五九年ころから、被告丙沢信金の営業担当として、被告乙川方に出入りしており、昭和六三年一二月二九日午後四時三〇分ころ、払戻金の支払のため、被告乙川方を訪れた。
被告乙川は、このとき、スチール机東側に立ってガソリンを使用して作業しており、本件瓶は栓をせずに、被告乙川の足元の床上に置いていた。なお、本件瓶には、高さ約一〇センチメートル位までガソリンが入っており、本件瓶の置かれていた右地点からストーブの西北端までの距離(最短距離)は、約七五センチメートルであった。
(三) 被告丁海は、作業所内に入り、スチール机の東南角の南側に北向きに立ち、持参した払戻金の受領書を取り出すとともに、対面していた被告乙川に対し、右受領書への住所及び氏名の記入を求めた。被告乙川が、受領書への捺印が必要なものと思い、スチール机上のキャビネットから印鑑を取り出そうとし、その間に被告丁海が持参した現金を数え始めたところ、本件瓶が倒れ、ガソリンが流れ出して、その直後、燃焼中であったストーブに引火して本件火災が発生した。
(四) 被告丁海は、ガソリンの流れ出すのを見て、ストーブを消火しようとしたが、ストーブの方へ足を踏み出そうとしたときには既にガソリンが足元までくるような感じであったので、手だけを伸ばしたが、ストーブに届く前にストーブの炎が上がったので怖くなり、「爆発する。」と言って、作業所の外へ飛びだした。
被告乙川は、本件瓶の破片を動かしたり、風呂場の水を汲んでかけるなど消火活動をしたが、火の回りが早くて果たせなかった。
(五) 本件火災により、本件建物は全焼した。また、原告ら建物は、本件建物の東側に隣接して建っており、本件建物に面した西側の焼けが強く、一階西側の六畳間一室及び廊下の一部合計二〇平方メートル並びに二階廊下の天井一五平方メートルが焼きする部分焼の被害を受けた。
2 ところで、被告乙川の本人尋問の結果中には、「印鑑を取りに奥の部屋(作業所東側の六畳間)に行き、作業所に戻ろうとしたときにガチャッという音がした。見たら瓶が割れていたから、(被告丁海に対し、)だめじゃないか、ガソリンだぞ、と言った。」という旨の部分(被告乙川平成三年六月三日七七ないし八〇頁)がある。
しかしながら、被告乙川は、本件火災発生の二日後に行われた警察による取調べ(<書証番号略>)においては、スチール机東側に立って被告丁海とやりとりをしているときにガラスが割れる音がした旨の供述をしており、また、本件火災の翌日に行った警察による実況見分(<書証番号略>)及び消防署による現場見分(<書証番号略>)における現場説明の際も、右同様の説明を行っているのであり、本件火災から間もない時期である右の供述等の方がより信用できるというべきである。もっとも、被告乙川は、平成元年一月一九日の消防による質問(<書証番号略>)においては、右六畳間にいるときに瓶の割れるような音がしたという旨の供述をしており、前記警察での供述及び実況見分等の際の現場説明につき、「警察での取調べや現場検証の際には犯人扱いされて頭にきたため、どうでもいいと思った。消防署で本当のことを言うつもりだった。」等述べ、前記消防における供述が真実であると供述する(被告乙川平成三年六月三日二三ないし二六、九五、九七ないし一〇三頁、同平成三年七月一五日一ないし三頁)。しかし、右説明自体それほど合理性があるものとは認め難い上、右質問調書(<書証番号略>)は、本件火災から約三週間経過した後に作成されたものであること、被告乙川は、右質問調書においては、六畳間には客の原稿を取りに行った旨供述しながら、本人尋問の際には、「何かを取りに行ったが何を取りに行ったか分からない。判子ではないかと思う。」等供述する(被告乙川平成三年六月三日二六ないし二八、七五、七七、九六、九七頁)など、右質問調書の内容が被告乙川の記憶に誤りなく基づいたものであると認めることは困難であって、右質問調書の信用性には疑問を抱かざるを得ない。
また、被告乙川は、六畳間に印鑑を取りに行ったと思うとの理由につき、「被告丁海が正しい判を押してくれと言うので正しい判子を取りに行ったと思う。」という旨の説明をする(被告乙川平成三年六月三日七五、七七、九七頁)。しかし、被告丁海の供述によれば、預金の払戻は払戻請求書に署名押印がなければできないところ、被告丁海は、本件前日に被告乙川を訪れて払戻請求書に記入を求めたが、その際に被告乙川の押印した印鑑が届出印と異なっていたので、本件火災当日の午前中に改めて被告乙川方を訪れて届出印の押印を受けた上、一旦銀行に戻り、その後、前記のとおり、払戻金を持参して被告乙川方を訪れたというのであり(被告丁海三ないし六頁)、右被告丁海の供述は合理的で信用できるから、被告乙川の右説明もまた信用することができない。
そうすると、結局、「本件瓶が倒れたときには奥の六畳間にいた。」という旨の被告乙川の前記供述を採用することはできない。
3 原告甲野ら及び被告乙川は、本件瓶を倒したのは被告丁海であると主張し、被告丁海は、被告乙川が倒したものと主張するが、前示のとおり、本件瓶が倒れたときには被告乙川は作業所内にいなかったとする被告乙川の供述は採用できないから、本件瓶が倒れたときには、被告乙川及び被告丁海のいずれもがスチール机の周りの本件瓶に直近する所に立っていたと認められるところ、本件全証拠によっても、被告乙川及び被告丁海のいずれが本件瓶を倒したのかの点については、これを認定するに足りる証拠は存在しない。
この点、原告甲野らは、本件瓶の倒れた方向や、本件火災後の被告丁海及び被告丙沢信金の対応等を根拠として、本件瓶を倒したのは被告丁海であると主張する。確かに、本件瓶が北側に倒れたものであると認定できれば、本件瓶に対して南側(被告丁海の側)から物理的な力が加わったのではないかということが一応推認されるが、原告甲野らの本件瓶が北側に倒れたと主張する主な根拠は、本件瓶から流れ出たガソリンが、いったん北に向かって流れ出てから、次に南に向かって流れたというものであるところ、これにそうかのような被告丁海の供述(同人一七、一八、二七、二八頁)がある。しかしながら、被告丁海の供述によれば、被告丁海は、瓶の割れるような音がしたが気に留めずに現金を数えていたところ、被告乙川がガラスの破片を持って「ガソリンなんだよな。」などと言ったのでびっくりして床を見ると、瓶の割れたような破片があり、ガソリンが流れていてストーブの所まできていたので、手を伸ばしてストーブを消そうとしたというのである(被告丁海一四ないし一七、六九ないし七〇頁)。右のような状況において、被告丁海が、ガソリンの流れ出した方向などにつき冷静な観察をしていたものと考えることは困難であるし、また、警察及び消防による実験の結果によれば、ストーブから約七五センチメートルの距離でガソリンが流出した場合は、流出の直後に引火して燃え上がるというのであり(<書証番号略>)、被告丁海も右の経過は瞬間ないしは数秒であった旨の供述をしているから(被告丁海六五ないし七〇頁)、時間的にもそれほどの余裕があったものとは考えられない。そうすると、本件瓶が倒れた直後、ガソリンが北に向かってから南へ流れ出し、次いで南へ向かって流れたとの点については、他にこれを認めるに足りる的確な証拠もないから、この点を根拠として被告丁海が本件瓶を倒したと推認することは相当ではないものといわざるを得ない。
よって、原告甲野らの右主張を採用することはできない。
二責任
そこで、本件火災についての責任を検討する。
(被告乙川の責任)
右に認定した事実によれば、本件火災はガソリンの入った本件瓶が倒れてストーブの火に引火して発生したものであるところ、被告乙川は、引火性の強い危険物であるガソリンを日常的に使用していたのであるから、火気を使用するに際しては右ガソリンの取扱いについて万全の注意を払うべき義務があるにもかかわらず、ガソリンの入った本件瓶から約七五センチメートルしか離れていないところにストーブを置いてこれを使用し、右ストーブが燃焼中であったのに、本件瓶を、栓をしないままで、ストーブに近い側であってしかも何かの拍子に触れるなどして倒す可能性の高い足元の床に置いていたというのであるから、被告乙川は、通常人の当然用いるべき注意義務を著しく欠いたものというべきであり、その注意義務違反の程度は、失火の責任に関する法律所定の重過失に該当するものといわなければならない。
(被告丁海の責任)
前記一の3に認定したとおり、被告乙川又は被告丁海のいずれかが本件瓶を倒したかの認定はできないから、被告丁海について、本件瓶を倒したことを前提として本件瓶の所在に注意すべきであった等の責任を問うことはできない。
そして、原告甲野ら及び被告乙川は、被告丁海について、直ちにストーブを消火することができたにもかかわらずこれを怠ったとの点についても過失を主張するが、被告丁海はガソリンが流れているのを見て直ちにストーブを消火しようと試みたこと、しかしながらガソリンが足元まで来ていたので恐怖心から手だけを伸ばしたもののストーブに届かなかったこと、そしてストーブの炎が上がったように見えたので爆発するのではないかと思って慌てて外へ飛び出したことが認められるのは前記一の1のとおりであり、通常人であっても、右のような状況下では、動転して、いつガソリンに引火するかとの恐怖心を抱くのが通常と考えられるから、被告丁海がいったんは自らストーブを消火しようと試みたことをも考慮すれば、この点について、被告丁海に過失があったものとは認め難い。
よって、原告甲野ら及び被告乙川の被告丁海に対する請求は、いずれも理由がない。
(被告丙沢信金の責任)
右のとおり、被告丁海が本件瓶を倒したものとは認定できず、また、その過失を認めることもできないから、被告丁海の不法行為に基づく被告丙沢信金の使用者責任及び被告丁海を履行補助者とする被告丙沢信金の債務不履行責任についてはいずれもこれを認めることはできない。
よって、原告甲野ら及び被告乙川の被告丙沢信金に対する請求は、いずれも理由がない。
三損害
以上によれば、本件火災の責任については、被告乙川の重過失が認められるのみであるから、本件火災による損害に関しては、甲事件についての原告甲野らの被告乙川に対する請求についてのみ検討する。
(原告甲野ら両名について)
1 共有動産
原告甲野らは、本件火災のため、別紙動産目録(一)記載のとおり六〇〇万二五〇〇円相当の損害を被ったと主張する。
証拠(<書証番号略>、原告俊雄本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告ら建物内に存在した原告甲野らの共有する右目録記載の家財道具等の動産は、本件火災によって焼失ないしは著しく汚損し使用不能になったこと及び右目録記載の損害見積額は、一部を除き、その取得価額から適宜の減価償却をして価額を計算したものであることが認められる。そして、右目録の記載は、原告甲野らの記憶に基づくものにすぎず、またその損害見積額が相当なものであるかどうか等の点についてはこれを客観的に裏付ける証拠は存しないが、火災によって焼失又は毀損した動産につき右のような証拠を求めることは困難であって、他にその真実性を疑わしめるに足りる証拠もない本件においては、原告甲野らは、その主張のとおりの動産を所有していたものと認めるのが相当である。もっとも、その損害額については、右目録記載の損害見積額がその一部を除いて適宜減価償却されたものであることを考慮してもなお、これをそのまま採用することはできず、右目録記載の損害見積額の三分の一に相当する額である二〇〇万一〇〇〇円(一人当たり一〇〇万五〇〇円)をもって、原告甲野らの被った損害額と認めるのが相当である。
2 得べかりし利益
原告甲野らは、東京都の用地買収による建物移転に伴う物件移転補償金に関し、原告ら建物に対する補償金と本件火災後改修した建物に対する補償金との差額につきこれを得べかりし利益であると主張する。
証拠(<書証番号略>、原告俊雄本人)によれば、本件火災当時、原告ら建物及び本件建物の前面道路の拡張に伴い、付近の該当する土地について東京都から用地買収の交渉がされていたこと、右用地買収に当たっては、建物移転補償金が支払われるものとされていたこと、原告ら建物は本件火災後に改修され、改修後の建物の延べ床面積79.33平方メートルは原告ら建物の延べ床面積139.12平方メートルより59.79平方メートル少なくなったこと、したがって原告甲野らは本件火災のために原告ら建物の延べ床面積の減少部分につき受けることのできた補償金を受けることができなくなったことが認められる。そして、弁論の全趣旨によれば、被告乙川は、東京都が前記のような用地買収を計画していたことを知っていたものと推認することができる。
そうすると、原告甲野らは、本件火災により受けることのできなくなった補償金相当額につき、これを得べかりし利益として請求することができるものと解するのが相当である。そして、<書証番号略>によれば、本件火災当時、右建物移転補償金は一平方メートル当たり一二万七〇〇〇円程度で計算されていたものと認められるから、原告甲野らの右得べかりし補償金の額は少なくとも七〇〇万円を下らないものと認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
よって、原告甲野らの得べかりし利益は、その共有持分権(<書証番号略>)に従い、それぞれ、原告俊雄につき六三〇万円、原告愛子につき七〇万円となる。
3 慰謝料
原告甲野らは、本件火災による精神的損害に対する慰謝料として、一人当たり二五〇万円を請求しているが、本件においては、原告甲野らが財産的損害の填補によっては回復できないほどの多大な精神的苦痛を受けたと見るに足りる証拠は存しないから、原告甲野らの被った損害に対する賠償としては財産的損失に対する賠償を認めれば足りるものというべきであり、したがって、原告甲野らの右主張は理由がない。
4 弁護士費用
原告甲野らが、本件代理人らに本訴の追行を委任し、その費用の支払義務を負担したことは、弁論の全趣旨から明らかであるところ、右費用のうち、本件と相当因果関係を有する金額は、本件事案の難易度及び審理経過等に鑑み、合計一〇〇万円(一人当たり五〇万円)をもって相当と認める。
(原告俊雄について)
1 固有動産
原告俊雄は、本件火災によって、原告俊雄の固有財産につき、別紙動産目録(二)のとおり二〇六万九〇〇〇円相当の損害を被ったと主張する。
そして、証拠(<書証番号略>、原告俊雄本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告俊雄が右目録のとおりの動産を所有していたものと認めるのが相当であるものの、その損害額については、右目録記載の損害見積額をそのまま採用することはできず、右損害見積額の三分の一に相当する額、すなわち六九万円をもって、原告俊雄の被った損害額と認めるのが相当であることは前示のとおりである。
2 ホテル等宿泊代金
原告俊雄本人尋問の結果によれば、原告甲野らは、本件火災によって、二八日間にわたりホテル住いを余儀なくされたことが認められ、右ホテル等の宿泊に要した金員合計二八万円に相当する額が損害となるものと認められる。
(原告愛子について)
原告愛子は、本件火災によって、原告愛子固有財産につき、別紙動産目録(三)のとおり一三九万円相当の損害を被ったと主張する。
そして、証拠(<書証番号略>、原告俊雄本人)及び弁論の全趣旨によれば、原告愛子が右目録のとおりの動産を所有していたものと認めるのが相当であるものの、その損害額については、右目録記載の損害見積額をそのまま採用することはできず、右損害見積額の三分の一に相当する額、すなわち四六万三〇〇〇円をもって、原告愛子の被った損害額と認めるのが相当であることは前示のとおりである。
四結論
以上の次第で、甲事件については、原告甲野らの被告乙川に対する請求について、原告俊雄に対し八七七万五〇〇円、原告愛子に対し二六六万三五〇〇円及び右各金員に対する不法行為の日である昭和六三年一二月二九日から各支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、被告乙川に対するその余の各請求並びに被告丙沢信金及び同丁海に対する各請求は、理由がないからこれを棄却し、乙事件については、被告乙川の各請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。
(裁判長裁判官宮﨑公男 裁判官井上哲男 裁判官河合覚子)
別紙<省略>